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2006年10月31日 (火)

ただいま療養中

先週からひいてる風邪がなかなか良くなりません。

悪くもならずに、なんとか気力で通夜、告別式を終えました。

  

コメント、携帯にもメールもらって返事できずにすみません。

ありがとうございます。すごいうれしいです。

病院には二回行って薬もらってるので安心して下さい。

安静にしてられなかったから良くなるはずないんです…。

今日はゆっくり休めました。

 

東京には11/1に初七日してから帰って、11/6から仕事復帰の予定です。

  

少し振り返ります。

携帯からだから見づらいかもしれないけど…

亡くなった後の続きです。

二日間病院にずっといたから、亡くなった後もまだ

お姉さんの心拍数を知らせる音が耳から消えなくて

さっきまで動いていた胸が動いているような幻覚が見えたりしてた。

お姉さんはすごく怖がりだから癌告知の時に、末期ということだけは隠していたのだけど

本当にそれで良かったのかみんなで悩んだ。

お姉さんが亡くなる直前、お母さんが「嘘ついててごめんねー!」って泣き叫んだ。

さっきまで普通だったお母さん。

お見舞いにきた人は、お姉さんの顔を見ただけで泣く人もいるほど

意識もなく苦しんでいて、お母さんは淡々と普通に接していたから

肩を震わせて「お母さんは最後まで奇跡が起るって信じてたよ」と泣くお母さん。

私は震える手でお母さんの小さな背中をさするしかできなかった。

私は結婚して姉ができて、お姉さんの妹になれて良かったよ!と心の中で叫んだ。

お父さん、お母さんに手を繋がれ、その隣りに私たち夫婦が見守る中、

最期は眠るように逝ったのでした。

  

ドラマで見るような死亡確認が行われ

お姉さんと同じ年齢ぐらいの優しい先生の目は赤くなっていました。

悲しみに浸る間もなく、自宅まで連れて帰る手配をするように言われ

チューブを体から抜いたり色々な作業を待ってる間に

病室を出て葬儀屋をどこにするか相談。

一時間くらいで到着するとのことで、病室の片付けをしたり

親戚に電話をしたり忙しい。

死亡診断書の説明を受け、この病院はかなりの数の症例をみているけど

お姉さんのようなケースは何万人に一人のようなケースらしい。

慌ただしく病室を出て自宅へ搬送。

  

自宅へ到着。

おばあちゃんは体の調子が悪く、行けなくてごめんなと泣いていた。

それから葬儀屋と打ち合わせ。

決めることがたくさんある。

祭壇はどうするか悩んでいて

「凛ちゃんはどれがいい?」なんてお母さんに聞かれて

そんな重大なこと聞かれても私なんかが決めていいの…と思ったが

素直な気持ちを話した。

やっぱり菊ばかりじゃ年寄りくさいから、洋花を少し入れたりと

お姉さんと年の近い私は意見を求められることが多かった。

25日は少し寝たけど、亡くなった26日は一睡もしないまま

27日の朝を迎えた。

さあ寝ようかという時、旦那がたまたま戸棚の前にいて

突然、戸棚の扉が静かに開いた!

あれはビックリした。旦那は怖がっていたなぁ。

  

三時間の仮眠のあと、私は咳がひどいので病院へ。

旦那はお母さんを連れて区役所へ行ったり、友達や職場に連絡。

家の中は仮通夜の準備で大忙し。

まだまだ決めることがたくさん!

通夜の夕食お弁当、オードブルの数と種類、

火葬場の弁当、忌中引、引き物のそれぞれの数を決めたり

お金の用意、告別式の呼び出し焼香の順番

遺影の写真を探したり、棺に入れてやりたいものを探したり

時間がたつのが早く、あっという間に夕方、仮通夜。

ものすごく前に座った。長男の嫁なんだと改めて実感。

従姉妹の人が

「そこにいるんでしょ?分かってるんだよ(ノ∀`)」と心の中で言ったら

なんと!タンスの取手の金具がカランカラン!!と大きな音で取れて驚いた!

私も誰もいないはずの二階の足音を聞いた。

旦那にはもう一人お姉さんがいて、一番上のお姉さんは仮通夜中に倒れてしまった…

すぐに回復したから良かったものの

後々これを繰り返すことになるとは、その時思わなかった…

仮通夜の後は湯灌。

お姉さんの体と髪を洗ってきれいにする。

おばあちゃんと二人で足を吹いて

次は化粧。みんな私にやってと言う。

( ̄□ ̄;)すごい緊張!失敗できない!

震える手でリップブラシを持ち口紅をリップブラシにつける。

お姉さんの口につける時には覚悟がきまって

ものすごくうまくできた!良かったー

その後、親戚が帰って経歴作り。私が書記。

お母さんと旦那が色々話をするのを書き留める。

その時に廊下を歩く足音がして旦那に聞いてみた。

私「さっきから廊下をうろうろしてるような音してるけど、誰かいる?」

旦那「だ、誰もいるわけないじゃん…((;゜Д゜)」

私「経歴に何書かれるか、お姉さん気にしてるのかな?」

私は霊感はないのになぁ。

旦那は少し怖がっていたが、私は全然怖くなかった。

ここ数日はこんな不思議な体験ばかりだった。

  

通夜の日、泊まる準備をして必要書類のチェックをして

なるべく寝ていた。咳がとまらないので疲れていた。

喪服に着替え出発間際、旦那は二階からお姉さんに呼ばれたような気がしたらしい。

そしてハッとして財布を忘れていた事に気付いたという。

みんなの準備を見守っていたんだね。

通夜会場に到着してからは、手伝いや打ち合わせで忙しくて大変!

写真は私たち夫婦の結婚式の時に撮った集合写真を使った。

はにかむような微笑みがお姉さんらしい。

通夜には私の両親もきて

「お母さん大丈夫?あんたも大丈夫かい?」と言われて

なんかホッとして泣きそうになった。

通夜はたくさんの友人がきていて、お姉さんの人柄がいいから

こんなにくるんだろうと思った。

葬儀委員長が経歴を読む時、遺族も横に立つけど、私も立った。

なんか変な感じだった。いつもは座って聞いてるだけだったのに

私が遺族として立つなんて、まして経歴を書くなんて想像がつかなかったから…。

通夜が終わったら通夜振る舞い。

飲み物を取ってきたり、お酌をしたり、誰かがくれば挨拶して案内してお見送り。

葬儀屋と明日の打ち合わせをして

落ち着いたら布団をひいて、オードブルの残りを食べた。

先に寝ても良いと言われたけど、気力だけで頑張ってたから

気がはっていてなかなか寝付けなかった。

  

翌日、朝ご飯を食べて薬を飲んだら気持ち悪くなってしまい

告別式まで寝ていた。

たぶん寝ないで頑張るのも限界だったのだろう。爆睡だった。

告別式は最後のお別れとあって辛かった…。

でもまだいなくなったのを信じられないでいる自分もいて

骨を見たらきっと実感するんだろうと思った。

バスで火葬場へ。

札幌の街は青く澄み切った青空で、紅葉が美しかった。

雨の予報もあったけど、こんなにキレイで晴れて迷わず天国に行けるなと思った。

お弁当を食べてまた横にならせてもらった。

そしていよいよ骨を見る…。

思ったよりショックは受けなかった。

なるべく細かいのも拾おうとしていた。

骨を砕く役目は旦那に任されて、つらいだろうなと思った。

お友達からもらった千羽鶴はそのままの形で小さくなっていた。

お父さんが位牌をもち、お母さんが遺影、旦那が骨壺を持ち

私は歯と喉ぼとけが入った小さな骨壺を持ってバスに乗った。

それでもまだ実感はわかなかった。

斎場で繰り上げ法要をしてお見送り。

無事告別式も終わり、家に帰る。

やっと終わった!ホッとして横になった。

たくさん果物があって食べきれないから私の実家に持っていくことになった。

お母さんが「凛ちゃん、今日は実家に泊まらないで、ここに帰ってきてね!」

と言われて、最初から戻ってくる気だったから少し驚いた。

寂しいんだね、お母さん。

何度も私たちに確認してきた。

実家では旦那が猫に威嚇までいかないけど

ニャー!と顔を見つめがら鳴いてきて

「俺のうしろに誰かいるのかな?」と不思議がっていた。

とりあえずこれが昨日までの流れでした。

だんだん眠くなってきたので寝ます…

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コメント

コメントありがとうございました。
とんちんかんなんかじゃないですよ。
お姉さんの傍にいることができて良かったと私も思います。

仕事が終わって帰っていく看護士さん達が
お姉さんの手を、祈りをこめるように握ってから帰っていくのを見て
最期が近いのを悟りました。
その時にくみさんもこんな風に仕事してるんだろうなぁって思いましたよ。
折り紙の話といい、くみさんとは何かとご縁がありますね(^_^)
また連絡しますね

投稿: 凛 → くみさん | 2006年11月 4日 (土) 23:30

コメントがたいへんおそくなってしまいました。
なんと言っていいかわかりませんが、おつかれさまでした。
お姉さんもきっと、家族のみなさんによくしてもらって、うれしいとおもいます。
若くして病気でなくなられるかたは、その数は少ないけれど、やはりいらっしゃいます。そんな場合には、私たち見送る側もとてもつらいです。老いも若きもみんないのちの重さはおなじだけども。

実際、なくなる瞬間、ざんねんながら、ご家族がいっしょじゃない場合も多くて、そこのところ、私はとっても大事にしたくて、延命という意味ではないけど、一生懸命ケアしたいと考えてます。
凛さんご家族がお姉さんのそばにいられて、よかったのではないかと私もおもってます。


わたしのだいすきな祖母がなくなった瞬間は、
ちょうど家族の面会が全員離れた合間でした。
おばあちゃんはきっとみんなの前ではいなくなりたくなかったのだろうと、わたしは納得しました。

ほんと不思議なんだけど、焼き場では折り紙なんて全部燃えてしまうはずなのに、千羽鶴、わたしのおばあちゃんのときも残っていたんですよ!まさか凛さんのお姉さんもとは!
焼き場で長く勤めている主、みたいなおばちゃんは「こんなことは長年勤めていても滅多にないんだよ」といってました。
けど、折り紙じゃなくても、焼き残し(ミス)でなくても、
何かが残るということはあるそうです。
祖母のときは、ちょうど7羽だけ千羽鶴がそのままの大きさで、真っ白だけど、残っていて、参列者のうち親族ちょうど7人分だね、なんてみんなで泣きました。

ふしぎなことは、あるものですね。
わたしは霊の世界とか全然わからないけれど、
ひとの縁がさせる不思議なちからってやっぱりあるんだなとおもいました。


なんだか、意味不明な、とんちんかんなことかいてすみません。
また、落ち着いたら、連絡とりあいましょうー。

投稿: くみ | 2006年10月31日 (火) 22:41

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