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2006年10月 9日 (月)

猫の鼻

本日は友達と遊びに行くため、深夜に投稿。

本日のタイトル「猫の鼻」は、いつも冷たいもののたとえ。

急に足とかにくっつけられるとビックリしますが

さわるの好きですね。

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今日は重い話。

人間の心はいつからこんなにも冷たくなってしまったのでしょうか?

 

日曜夕方のバンキシャという番組で

犬のテーマパーク閉鎖惨状見た
 犬500匹衰弱の現場で衝撃事実

というのをたまたま見ました。

広島にある犬のテーマパークが閉園して

その後ある団体に犬の世話を委託したらしいんだけど

きちんと世話をしなかった為に、本当にひどいことになっていた。

骨と皮だけになって自力で立っているのがやっとの犬。

病気になる犬、中には失明してしまった犬もいた。

エサを与えられずオリにずっといれられて狂ってしまう犬。

オリの中は汚物だらけだし、水にはカビがはえていた。

死んだ犬は土葬していて警察の捜査で掘り返して

骨が出てくるところまで映し出されていた。

  

このパークが閉園した理由としては

ペットを飼える住居が増えた為に、パークに来る必要性がなくなり

お客が減ったということも一因だとテレビでやっていました。

普通に経営できているところもあるので

やはり世話する人数が足りないなど管理方法の問題が大きいでしょうが。 

 

yahooのニュース↓

パーク閉園、犬480匹やせ衰え=土中から死骸-ボランティア集まり支援・広島

 

少し前に「子猫殺し」というエッセイが話題になっていたのをご存知ですか?

タヒチで生活している有名な日本人作家、坂東氏が

日経新聞8月18日夕刊に書いたエッセイです。

「3匹の雌猫を飼っているが、生まれた子猫は野良猫対策のために殺す。
避妊手術も子猫を殺すのも同じ。獣の雌にとっての生は交尾して子を産むことではないか。人間に他の生き物に避妊手術をする権利などない」というもの。

知らない人はココを読もう。すごい考えさせられます。

でも生まれてきた生命を殺すのは普通じゃない。それだけは賛成できない。

  

共感した記事を二つ貼っておきます。

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①朝日新聞 中川靖子さんの記事

嫌な事件が相次いでいる。
親殺し、子殺し、幼児虐待に育児放棄。
他人同士ならいざ知らず、人間関係の基本にして出発点であるはずの家族が崩壊し始めている。
一体いつから、日本はこんなに殺伐とした社会になってしまったのだろう。
一方で、同時進行しつつあるのがペットブームだ。
現在、日本全国で飼われている犬は約1300万匹、猫は約1200万匹。
ともに微増傾向にあるという。
犬猫を対象としたペットビジネスも盛んで、ペットにはお金も愛情も惜しみなく注ぐという人がたくさんいる。
そんな中、8月18日の日経新聞夕刊に載った坂東眞砂子氏のいわゆる「子猫殺し」のエッセーが今、
世間の集中砲火を浴びている。
エッセーの要旨はこうだ。
「私は子猫が生まれ落ちるや、家の隣の崖の下へ放り投げる。
人間の都合で猫に避妊手術を施すことと、生まれてすぐの子猫を殺すのは同じことだ。
どちらがいい悪いといえることではない。
私は猫の生の充実を選び、社会に対する責任として、子猫殺しと、それに伴う痛み、悲しみもまるごと選択した」
理解できる箇所と出来ない箇所があった。
理解できるのは「愛玩動物として獣を飼うこと自体が、人のわがままに根ざした行為なのだ」。
そして「人は神様ではない。他の生き物の生に対して、避妊手術を行う権利などない」というところ。
理解できないのは「育てられない子猫は最初から生まれないように手術することと、
生まれた子猫を殺すことは同じ」というくだり。
現代の飼い猫の場合、栄養が足りて医療も発達したため、生まれた子猫はほとんどが育つ。
1匹の雌がその生涯の7年間にわたって子猫を産むと仮定すると、年に3~4回の発情期があり、
1回に2~5匹生まれるとすると、最小で約40匹、最大で約140匹生まれる計算になる。
だからこそ、猫の飼い主は「生まれた子猫はすべて自分で育てる」「里親を見つける」「避妊手術をする」の
どれかを選ばなくてはならないのだ。
崖から投げ捨てられる子猫が感じるだろう恐怖、飢え、寒さ、痛みを思う時、
私には「子猫を殺す」という第四の選択肢は絶対に、ない。
私は、罪の意識を感じつつも飼っている雌猫に避妊手術を施した。
日経新聞には、なぜこのようなエッセーを掲載したのかを含め、様々な非難が寄せられていると聞く。
しかし、坂東氏をののしる前に私たちがしなければならないのは、
癒されたいという人間の都合で動物を飼う身勝手さを自覚すること、
犬猫を飼う一方で食用の牛や豚、鶏の死には全く心が痛まない自分自身を直視すること、
そして動物を飼うと決めた以上、最後までその生に責任を持つことだ。
ペットブームの陰で、年間、約36万匹の犬猫が殺処分されているという事実も含め、
私たちはこのエッセーが投げかけた動物の生や死の問題、
人間社会の病理などに目をそらさず向き合うべきではないだろうか。

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②東京新聞 「抗議が殺到」 中島 梓

直木賞作家板東真砂子さんが、子猫をご自宅の裏のがけから捨てるとコラムに書いたので、
非難のメールや電話が掲載した新聞社に殺到したそうです。
また、福岡で痛ましい事故が起きたら、福岡市が五輪誘致に立候補することについて、
「そんな場合か」と非難のメールや電話が殺到した、と新聞にありました。
是非善悪はさておきここで私がいいたいのは「いまって本当にすぐに抗議のお電話や
非難のメールが殺到するねえ」ということです。
これはしかし本当は実に恐ろしい話なのですがね。
今の人はみな「自分の意見が言いたい」のです。自分の批評を対象に伝えたい、
自分の意見にはそれだけの重みがあって当然だと思う。
一票の重みを刷り込まれた結果、どんな人でも「自分の意見」を持っています。
でもそれが、感じたことはそのまま、かっとなるまま社会にぶつけていいのかとなると、
けっこう重大な問題だと思うのですが、メールや電話はしかも匿名のままで
「思ったこと」を直接とりあえず対象に届けることを可能にしました。
その事実の恐ろしさのほうは何人が理解しているでしょうか。
かっとするとすぐにメールや電話に手をのばすことのできる時代というのは、
本当に言論が自由なのでしょうか?
私には、それはむしろ「きわめて危険をはらんだ状態」に思えるのですけれども。

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コピペするしか能がなくてすいません・・・

坂東氏は、我慢することができなくなった、現代人の心の闇を

訴えたかったのかもしれません。(行いが良い悪いは別として)

長々と書きましたが、もう寝ないと・・・

ここまで読んでくれる人いるかな?いたらありがとうございました。

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とりとめのない話」カテゴリの記事

コメント

重い話だったのに読んでくれてありがとうございます。
犬や猫にとって何が幸せかなんて、本当のことは誰にも分からないかもしれないけど、誰も死を望んで生まれてこないと思うんです。
食も物も溢れる時代なのに、心が飢えてる人が増えているんでしょうね。

投稿: 凛 → ?さんへ | 2006年10月10日 (火) 23:12

日記読みました。私もあのニュースを見て、ゾッとしました。
あんな膨大な数の犬が死んでいるなんて、考えられませんでした。本当に、いつから人は痛みを忘れてしまったんですか?
飼い始めたのは人間なのに、そっちの都合で死ぬ運命に曲げられる・・・必要性がなくなったら、みんな殺されてしまうのでしょうか?いくらなんでも酷いと思いました。エッセイは読んだことありませんが、とても感化されました。
今回の日記を見て、私も猫や犬以外の「死」にも向き合ってみようと思います。生半可な気持ちで命を預かってはダメですね。

投稿: | 2006年10月 9日 (月) 11:59

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